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KAYANOのイタリア気分 No.4

2002年4月号

イタリアのメルカート(市場)

運河沿いのベニスのメルカートにて

私がイタリアに行って必ず訪ずれる場所は「メルカート(市場)」。生活の息吹きと季節感を一番感じられるところだから....。季節によって代わる品物の並べ方のセンスの良さに、いつも感動です。例えば、八百屋では野菜がいつも輝いていて、料理の勉強をしている頃の私には「ふぞろいだけど 私は美味しいよ!上手に料理してね。」って語りかけてるように感じた物です。一番エネルギーをもらえる場所でもあったのよね。イタリアで2年暮しても語学学校に通った事のない私には、メルカートが一番の語学研修の場所だった。

美しく並べられた野菜たち

数字さえわからなかった頃、生ハム食べ たさにお店に入った私は生ハムの固まりを指差す。「えーっと200g何だけどな~スライスして欲しいのよね~。」と心で呟いても通じない。

肉屋のおじさんには英語もダメ。するとおじさん、はかりをさしながら「チェントグッラミ(100g)、ドゥエチェントグラッミ(200g)、アッフェッターティ(スライス)」と、大きな声で私に繰り返せと言う。その上ハムやサラミの種類を教えてくれる。

買物客で賑うボローニャのメルカート

こんな事もあった。人が群がる八百屋さんの前、横幅が私の倍はある(当時は今よりスマートでした!)中年のシニョーラ達が「私の番よ!今度は私よ!」と先を争う。女性が強いイタリアの事、その凄まじさは想像していただけると思う。言葉が不自由な東洋の女の子(日本人は若く見られる)には永遠に順番が来そうにない。すると八百屋のおばさんが私にマリア様のような笑顔。「お嬢さん何が欲しいの?」ズッキーニとトマトを指差す。すると回りのシニョ-ラ達、やっと私に気がついたよう。「それはズッキーニね。フリットにすると美味しいわ!」とか「サラダ用のポモドーロはこれよ!」とかうるさい程説明を始める。それにマリア様おばさんが参加して話し込む。ところどころの単語から「この子はどこの子?中国人?フィリピン?」とか話しているのがわかる。そこで私が肉屋のおじさんが教えてくれた「ドゥエチェントグラッミ (200g)!」そしてすかさず「日本人よ!」と叫ぶ。すると皆から歓声が上がり、「この街で何をしてるの?いつまで居るの?」と聞いてくる。理解していようがしていまいがおかまいなし。先を争っていたわりには結構暇な奥様達...。

お魚屋さんは、新鮮さが売り物

10年以上も前の事。まだまだ、日本人がイタリアでは珍しい時代だったのかもね。それとも私にまだ初々しさがあったのかな?今ではきっと「私の番よ!」と叫ぶのは私自信です。 とにかく、そんな繰り返しの中私の怪しいイタリア語は理解してもらえるまでになったのでした。(思い出したくもないかなり恥ずかしい思いもしましたが...。)印象に残っているメルカートは、皮をはがされて目をむき出しにしたウサギを始めて見たフィレンツェのメルカート。 ハムとサラミはどこにも負 けないボローニャのメルカート。 一番エキゾチックなのはリアルト橋の手前の運河運河沿い、ベニスのメルカート。 内臓類が豊富なのはローマのメル カート。 逃げ出したくなるくらい、怪しげなナポリやパレルモのメルカート。 一人旅のターラントのメルカートでは冗談好きのイタリア人に、おも しろ半分に唐辛子を食べさせられて半べそかいている私を「私達の家にいらっしゃい」と誘ってくれた子だくさんの一家。(怖いので行きませんでした。)

内臓と皮をはがれたうさぎはちょっとグロテスク

でも一番印象に残っているのは今でもレッスン代を払いたいくらいの、一番長く暮したボローニャのかな。あの街を訪ねる時は必ず長い時間お散歩を楽しむ。あそこのメルカートでは懐かしい思い出でお買物袋が両手いっぱいになるんです!

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