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KAYANOのイタリア気分 No.18

2003年6月号

8年ぶりのサッカー観戦

先日イタリアへ行った折、久しぶりにセリエAの試合を見る機会があった。 その時を振り返りながら、今月は私が詳しくないサッカーについてです。

今期のセリエAリーグは5月10日ユベントスが優勝を決め、上位4チームが欧州チャンピオンリーグへの出場権を獲得した。そしてチャンピオンリーグの決勝はなんと史上初のイタリア同士、ユベントスとミランとなり、結局ミランがイタリアクラブチームとしては7シーズンぶりに優勝し、イタリアのTIFOSI(ティフォージ=サッカー狂達)は未だに余韻に酔いしれているといったところでしょうか?私達は、秋のトヨタカップで彼らのプレーを日本で見られることになったわけだ。

2003年4月27日レッジーナ対パルマ戦オレステ・グリアニッロスタジアム

しかし同時期、華やかなセリエAの上位チームとは別な意味で落ち着きのなかったのが、チャンピオンリーグは別な世界の出来事だった下位にランキングされたチームだ。毎シーズン終了後、セリエA下位4チームとセリエB上位4チームが入れ替わる仕組みになっているのだが、いつもは全く気にかけないチームの入れ替えも、旅行中たまたま訪れた観戦をきっかけに、今期に限ってはかなり、注目することになってしまったのだった。

観戦場所はイタリア半島の最南端、レッジョカラブリアのレッジーナのホームスタジアム「オレステ・グリアニッロ」、それも日本中のセリエAファンが注目していたレッジーナ対パルマだった。

日本人のプレーヤーが両チームのゲームメーカーの背番号10を背負っている。言わずと知れた、中田と中村 対決だった。日本人の間では、当初からプレミアが付いているとさえ噂されていたチケットを幸運にも手に入れられたのだった。10年以上前から数え切れない程イタリアへ行っている私だが、セリエAの試合を見たのはなんと8年ぶり2回目だった。

以前はトリノで勉強をしている時で、ユベントスの試合だった。ホームのスタジアム「デッレ・アルピ」は大きく立派だったのを覚えている。なんと7万人以上を収容するそうだ。その頃のユベントスでは、絶頂期のロベルトバッジョが活躍していた。サッカーに詳しくない私でさえ、彼の名前くらいは知っていたので、目の前でプレーしている彼の姿に、かなり興奮していたのを覚えている。ユベントスの旗まで購入して振り回していた。東洋人の女性が興奮しているのが、その頃は珍しかったのか、地方新聞の記者に写真を撮られ、インタビューまで受けたのだった。(それが、記事になったかは知りませんが….)

回数券を見せてくれた若者とおじさん

昔のことはさておき、記憶に新しい今回の試合前のこと。スタジアムに向かう途中で日本人の顔を見るなり、「Nakata? Nakamura?」と何度も聞かれた。最初は「二人とも日本人だからね。」と中立の笑みで答えていたが、それを繰り返すうちに、ちょっとまずい雰囲気が伝わってくるのを感じた。そうだ、ここはレッジーナの本拠地。嘘でもNakamuraと答えないとフーリガンとやらに袋叩きに遭うかもしれない。それからはしばらく「もちろんNakamura」と答えることにした。すると答えは「そうだ!今日は絶対負けられない!セリエAに残留だ!」 だった。レッジーナが優勝戦線に関わっていないことは知っていたが、まさかセリエBへ降格の瀬戸際にいるとは、スタジアムで初めて知ったのだった。(あまりに無知すぎ….)

入場の際、お祭り騒ぎの中で叔父さんと若者が興味深いカードを見せてくれた。「アボナメンティ スタジョーネ」と言って、17回ホームの試合に入場できる回数券だ。席によって違うようだが、彼らのは280ユーロ(約\37,800)だそうだ。私が払ったチケット代は約50ユーロ(約\6,750)だったからかなりお得だ。「レッジーナの熱狂的なファンは皆持っているよ!」と得意そうだ。

アボナメンティ スタジョーネ約280ユーロ

今回の旅行ではカラブリアに1週間滞在した。現地の料理の情報を集めるためだ。その最終地がイタリア半島最南端のレッジョカラブリアだった。山と海、両方の自然に恵まれた美しいこの土地で、素朴で素敵な人々とたくさん出会ってきた。その居心地の良さに、まるでこの土地に恋をしてしまったようだった。

セリエAとBは天国と地獄ほどの立場が違うとたとえられるそうだ。もし、ここでレッジーナがセリエAから姿を消したら、たくさんのスポンサーが手を引き、良い選手との契約も難しくなるだろう。セリエAのスター選手達の華麗なプレーもこの街では見られなくなるのだ。あのカードを手にスタジアムに通う人々の、お祭りのような盛り上がりもこの地から消えてしまうのだ。

レッジーナのサポーター達。大声で応援歌を歌っている。

綺麗な海と空、それを心に映し出すような純粋な人々。「この土地からセリエAドリームを消すわけには行かない。レッジーナは今、南イタリア唯一のセリエAのチームだし...」と私は思った。そして必死にレッジーナを応援することを決心した。スタジアムに入って圧倒されたのは、レッジーナのサポーター達。試合30分前だと言うのに、旗を振り、大声で応援歌を歌い続けている。今さっきレッジーナファンになった私とは訳が違う。応援席のバックには青い空青い海遥か向こうにシチリア島も顔を覗かせている。以前入ったユベントスの「デッレ・アルピ」とは比べ物にならないくらい造りは古く収容人数も半分以下と小さなスタジアムだが、ロケーションは最高だった。

試合はというと、前半、中村のパス回しが冴え、中田の動きを上回っているように見えた。しかし見せ場がありながら点が入らない。0対0で終わったハーフタイム。レッジーナの応援席で何か騒ぎが起こっている。救急隊員が出動のようだ。担架に運ばれて、外で待機していた救急車で手当てをしているようだ。見れば外には3台の救急車が止まっている。何かのためにいつも待機して いるようだ。「何が起きたの?けんか?」と近くの人に聞くと、「この熱さで気分が悪くなったのだ。」と言う。命がけで応援しているのが、ひしひしと感じられた。そしてパルマ優位に進められた後半だった。交代要員も使い果たし負傷者も出て最後は10人の戦いになったが、ファンの熱狂的な応援の前にシュートチャンスを阻む集中力だけは切らさなかった。ということで、結局結果は0対0の引き分けだった。

レッジーナの深紅のマフラーとユベントスの旗

帰り道、観戦の記念にレッジーナのシンボルカラーの深紅色のマフラーを購入した。私のサッカーの知識は初心者レベルだが、8年前購入したユベントスの旗と並べて、時々眺めては懐かしい観戦の記憶をたどろうと思っている。その後、レッジーナはローマに引き分け、ユベントスに勝利して、最終戦のボローニャ戦を勝利で飾り、セリエAの残留をかけて戦い続けた。しかしシーズン中には決まらず、同率のチーム「アタランタ」と5月28日と6月1日にプレイオフということになった。試合はホームとアウエイで1試合ずつ行う。中々、公平を期している。まあそうでもしないと、二つのチームのファンは納得しないだろう。なにせ天国と地獄の分かれ道なのだから....。

28日、ホームで行われたゲームは0対0で引分けた。これで、最終戦は得点すれば、引分けに持ち込めば良くなった。そして、アウエイ。アタランタの本拠地ベルガモ(北イタリアミラノの近くの都市)に舞台を移し、待ちに待った6月1日の決戦当日、なんと試合直前の豪雨で翌日に延期が決まったのだった。この日、遠く離れたレッジョカラブリアへ涙を飲んで帰った人もいれば、野宿して過ごした人も居たと言う。どちらにしろ、レッジーナのサポーターは眠れない夜を過ごしたに違いない。

こうして迎えた2日の最終戦は、昨年のワールドカップ決勝審判も勤め、ベスト審判賞を受賞したコリーナさんの指揮の元、想像以上に素晴らしいゲームとなった。 前半18分でアタランタに芸術的なゴールで1点を先攻されたものの、33分にファイトあふれる走り込みシュートで追い付き、そのまま守りに入っても十分だったのだが、後半40分に勝ちこしの2点目を上げ、文句無しの勝利で残留を果たしたのだった。残念ながら中村は怪我でベンチを温めたが、彼を含めた選手達の思い、サポーター達の熱狂、そして微力ながら、私の声援も届いたものと自負している。

世界中がロッソネッロ(赤と黒のミランのユニフォーム)か、ビアンコネロ(白と黒のユベントスのユニフォーム)か、っと欧州チャンピオンリーグに注目している中で、チームの運命をかけて、最後まで戦い抜いた、レッジーナとアタランタに心からの労いを送りたい気持ちだ。きっとレッジーナのサポーター達も同じ気持ちでいることだろう!

そして、8年ぶりのサッカー観戦が私をこんなに、TIFOSA(ティフォーザ=熱狂的なファン)にするとは、サッカーの魅力は確かに底知れない。

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