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KAYANOのイタリア気分 No.42

2005年6月号

チコ シモーネとプレットロ

シチリアの青い空とグランブルーの海を思い浮かべる時、どこからともなく聞こえてくるシチリアの民謡 「Pastorale Siciliano」(シチリアの羊飼い)。マンドリンの静かに心揺さぶる音色とクラシックギターの軽快なメロディーとの掛け合いが物悲しく美しい。決して派手な曲ではないのだが進むにつれて不思議と私の中にエネルギーがみなぎって来る。

歴史上で判っているだけで16回、支配民族が変わったシチリア島。多種多様な人種や異文化を受け入れながらも、独自の文化を守り続けてきたシチリア人の信念が「Pastorale Siciliano」からしみじみと伝わってくるようだ。

orchestra a plettro

初めて私がこの曲を耳にしたのは"パパチコ"ことチコ シモーネ氏に連れて行ってもらった街のオーケストラの練習日のことだった。

タオルミーナには1940年に結成されたorchestra a plettro(オーケストラ・ア・プレットロ)があり、街の人々で構成されている。プレットロは弦楽器を弾くピックの事で、そこから名付けられた。チコが生まれた1910年頃、タオルミーナでは街角でマンドリンやギターを弾く習慣から自然に仲間が集まっていった。それが「オーケストラ・ア・プレットロ」へと姿を変えて行ったわけだ。よって起源は結成より更に30年程さかのぼる事になる。

チコはアメリカから故郷に戻った1974年よりディレットーレ(指揮者)として参加を始め、1994年からはピアノ伴奏家としても欠かせない存在となった。と言う事は30年近くオーケストラの歴史に関わって来たといことになる。

起源を思い返せば彼と共に生またオーケストラと言っても良いかも知れない。 そのプレットロは毎週木曜日の夜に街の一番古い教会で練習をしていた。パパチコもこの日はサンドメニコの仕事をオフにして出かけて行った。 私は迷惑だと思いつつも、頼み込んで練習に連れて行ってもらったことがあった。

8時頃仕事も終わりリラックスして普段着のメンバーたちが集まってくる。年令も様々、中には親子、兄弟で参加している人も居る。陽気に挨拶を交わしながら自分の楽器の準備をしている。とその時、「今日は日本からお客さんkayanoが来てるからね。」と私を紹介し、彼の傍らに私の席を笑顔で用意してくれた。私に話し掛けてくれる人も居て、皆、練習より大声でおしゃべりが楽しいという感じ....。(良く見るイタリア人の光景です。)

「いつ演奏が始まるの?」 がしかし、パパチコがタクトで譜面をたたく音が響き、真剣な表情で両手を振り上げると、おしゃべりの声が響き渡っていた空間は静寂に包まれ、次の瞬間に沸き上がるようなオーケストラ演奏!同じ空間が一瞬で聖なる空間へと変わったような気がした。そして、その時演奏してくれた曲の一つが「pastorale siciliano」だった。

練習後、私達は夜の街を散歩しながら家路についた。ジャルデーニナクソスの海明かりを見下ろしながら、パパチコはしみじみと語ってくれた。「音楽は良いよ!世代を超えて皆が一つになれるんだ。」 そしてこうも言っていた。「プレットロはこの街の若者に引き継がれ、これからもずーと続いていくんだよ。私が居なくなる日が来てもね。」まだ演奏の余韻が心に残っている中で聞いた彼の話しは私に大きな感動を残してくれた。

2005年4月14日(木)タオルミーナの街を上げた「チコ シモーネとのお別れのセレモニー」は盛大かつ厳かに執り行なわれた。

街の人々はもちろん各地から2000人以上の人々が集まった。永遠の眠りにつき市役所に横たわったチコにひとりひとりが別れを告げた。皆、花を手向けながら彼の人生を讃え、彼に出会えた事を神に感謝したに違いない。その後、棺はブラスバンドと共に街を進み、コルソウンベルトのはずれの「サンタカテリーナ教会」に行き着いた。そこで彼を待っていたのが、プレットロのメンバー達だった。彼の後継者による演奏は人々の心に響き渡った。 彼がいつも座っていたグランドピアノは空席だったが、彼が微笑んでいるかのように思えたそうだ。そう、きっとそれはこれからもずっと....。彼の生まれた頃に誕生した「オーケストラ ア プレットロ」、チコが愛した音楽は彼の生まれ故郷の人々によってこれからも、継承されて行くのだ。 「プレットロのディレットーレ」それはまさにチコ シモーネに神が与えた使命だったように思えてならない。

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