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KAYANOのイタリア気分 No.46

2005年10月号

マリアの料理は太陽と大地の香り

ホームステイの折マリアの家の前でツーショット

2003年の春。

私はマリアに料理を習うため2週間程ホームステイをしている。

寝起きは近くの彼女所有のトルッリでし、シェスタまでしっかり取ったので、暮しているみたいににプーリア料理を習う気分は最高に盛り上がった。

そして、この時、私の料理の概念がすっかり変わってしまった。長年の培われた勘が料理にどんなに大切か身を持って感じたのだ。

プーリアのトマトソースはとてもシンプル

彼女の料理はとにかくシンプルで適当だった。

例えばトマトソース。

ふぞろいに切った山のような真っ赤なトマト、たっぷりのバジリコ、ひたひたのオリーブオイル、岩塩、全部を鍋に一緒に放り込んで、火にかけて煮込む事30分。

かき混ぜるのは数回、たったこれだけで、不思議!

ナチュラルで美味しい味に変わってくれる。

勝手に「トルッリソース」と名付けたこのソースに茹でたてのオレキエッテを合わせれば、プーリアの太陽と大地からの極上の贈り物のひと皿だ!

手打ちオレキエッテ

マリアは子供の頃から作っていたそうです!

オレキエッテなど、プーリア地方のパスタ。どれも素朴な味わいです。

すべて勘で計ったフォカッチャのフォンターナ

こうして適当に作ったマリアの料理。決して適当ではない事が後でわかる。それを実感したのは、一緒にフォカッチャを作った時のこと。手のひらで計ったフォリーナインテグラーレ(全粒粉)を手早く崩しフォンターナ(粉のくぼみ)を作る、そこに目見当でぬるま湯を加えて行く。リエビト(イースト)・塩・オイルすべて手で計っている。たくさんの仕事をして来た彼女の手が生地を優しく包むようにまとめてゆく。出来上がったパンの素朴な味は忘れることが出来ない、あんなに美味しくパンにしてもらったら小麦粉は幸せだ。私が以前パンやお菓子をならた時、正確な計量がいかに大切か教えられたものだ。しかし、マリアのやり方は全く違っていた。

イタリアの料理本によくQuanto Basta(クワント バスタ)という表現が出てくる。直訳すると「もう良いと思うだけの量」とう意味合いだが、まさに彼女料理方法がその表現にふさわしい。手のひらに秤があり、勘がメジャーカップなのだ。一寸の迷いもなく「もう良いとと思うだけの量」を心得ている。 料理人として憧れの極みを彼女はもっているのだ。そして何よりも、マリアの作る家庭料理は愛情に満ちあふれていた。

乾燥空豆のピューレはプーリアの太陽からの贈り物?

ポテトとポルペッテの組み合わせは大地の味わい!

この地方に伝わる「そら豆のピューレ」と「ポテトとポルペッティのオーブン焼き」を一緒に作った時、彼女は決して裕福ではなかった子供時代の事を話してくれた。

あちこちの農場でオリーブやぶどう、畑仕事を手伝って来た。マリアはそんな中で自然に料理を身に付けてきたのだそうだ。それは、土地で変わる事なく愛され続けて来た家庭料理だった。

乾燥マメをジャガイモと炊き上げた「そら豆のピューレ」は決して気取った料理ではないが、彼女の人生が脈々と流れているよで素朴だが深い味わいだった。

「ポテトとポルペッティのオーブン焼き」は貴重な肉のエキスをポテトに吸わせて大家族で分け合った、プーリア人の家族の絆と温かさが伝わって来るようだった。

そう、マリアの料理はまさに太陽と大地の香りがした。 この経験は2年半前になるが、長年の培われた勘が料理にどんなに大切かに気がつき、またマリアの人生に触れる事が出来た実りの多いホームスティだった。

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