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KAYANOのイタリア気分 No.47

2005年11月号

12年前 初めてのサルデニア旅行

この秋、久しぶりにサルデニア島を訪ねた。 なんと12年ぶり!

地中海に浮かぶこの島は気候も然る事ながら美しい自然に恵まれた楽園。イタリア人がリゾートを過ごしたい場所としていつも上位にランクされている。そして世界の有名人がお忍びで訪れる場所としても知られている。

初めてのサルデニア旅行はイタリア修行中の93年9月。 この時は、前半で高級な面、後半で庶民の生活を見る事が出来た。

ポルトチェルボのヨットハーバー

まず島で働くコック仲間を訪ねての旅だった。彼が働いていたのは島の北東エメラ ルド海岸のポルトチェルボにある高級ホテル。「9月なら客足も落着くからと」トリノの学校の講師でもあった、ホテルのアドレアーノシェフが私を招待してくれたのだった。

5星のそのホテル、一泊10万円と聞いてひっくり返りそうに驚いた。豪華なヨットハーバーを見下ろすパティオには花が咲き乱れハーブが香り、そこに続く小道には高級ブティックが並んでいた。アラブの石油王やヨーロッパの富豪達が自家用ヨットで乗り付けるのだと聞いた。1ヵ月10万円以下で暮す貧乏研修生には信じられない無縁の場所だった。(ちなみに私はシェフの好意でホテルの従業員宿舎に泊めていただき賄い食を戴いていました。)

エメラルド海岸の美しい海

ホテルのプライベートビーチ

確かにエメラルドの名前にふさわしく海は透き通り美しかったが、贅を尽くしたそのリゾート地はとても人工的で人間の見栄が渦巻く場所のように思えてならなかった。なぜならどう見ても普通もしくは貧乏人?で東洋人の私は、お客様でない事は初めからわかっていたので、お店の人やホテルの人も決して親切にはして くれなかった。イタリアで初めて感じた人種差別いえ階級差別だったかもしれない。

その後は、やはりトリノの研修中に偶然知り合ったシニョーラ ピエリーナを訪ねアルゲーロへ行くことになっていた。

距離としては近いのに、1日数本しかないバスと電車を乗り継ぎサッサリ経由で5時間かけて着いた島の西側。海沿いに栄えたモノトーンな街は長いことスペインの支配下におかれていただけあってどことなくスペインの香がした。

アルゲーロの海

どの路地に迷い込んでも海を目指せば街を取り囲むルンゴマーレ(海沿い)に出る。海沿いには網を繕う漁師さんなんかも居て庶民的で平和な街だった。

私を招待してくれたピエリーナは小学校の先生だった。親切な旦那さんのアントニオとやんちゃな小学生の男の子が二人、そしてとても可愛い中学生の女の子サラの5人家族。一家は海が見渡せる大きなアパートの最上階に住んでいた。庶民と言っても裕福な家庭だったと思う。トリノで数時間お話をしただけなのに....。温かいおもてなしのを受けながら3泊もしてしまったのだから、当時の私は恐れをしらない図々しさだった。ここで初め てサルデニアの人々の優しさに触れたのだった。 今でも落ち着いたたたずまいの街をつつむどこまでも青い空と家族の温かさと共に時々思い出す。

サボテンの実

ボッタルガのパスタ

私はこの街・アルゲーロで初めての食べ物にいくつか出逢っている。

まずはピエリー ナが注意深くむいてくれた刺だらけのフィーキディインディア・サボテンの実。アラ ゴスタ(伊勢海老)を食べたのもボッタルガを初めて口にしたのもここだった。

未だ出逢った事のなかったその味に、まだまだイタリア料理の奥深さを知らない自分を実感したのだった。 サルデニアの二つの顔に出会えたその貴重な旅から12年間、私はサルデニアに行く 機会に恵まれなかった。 だが今回、ふとした切っ掛けで新たな発見を求めて旅立ったのだった。  来月に続きます。

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