KAYANOのイタリア気分 No.55
2006年7月号
ニーナおばさんと10年ぶりの再会
トスカーナ滞在中、料理研修コーディネートの為、1週間程イタリア半島のかかと・プーリア州まで足をのばした。
研修に参加してくれた5名中、4名プーリアが初めてとの事。 「きっとこの地方を気に入ってもらえるはず!」 「旅の宝物をたくさん探し出してもらえるはず!」 と、とても楽しみな仕事となった。なぜならプーリアは青い海と空・緑輝くオリーブ畑と自然の魅力に溢れている上に、食事が美味しく人々が優しい、私の大好きな南イタリアの地方のひとつ。そう、まるで私の故郷に生徒達を招くような気持ちだったから….。
私がこの地を初めて訪れたのは1995年。もう11年前になる。
1週間の一人旅。
行く先々で新しい発見と素敵な出会いがあり、今でも心に残るたくさんの宝物を探し出せた。その時すっかりプーリアが気にいった私は旅行中に「必ず、また来よう!」と決心していた。でも、それは数年先と思っていた。
がしかし、その翌年の96年4月に出版された「ニーナおばさんのおいしいイタリア」という、絵本調のかわいらしい料理本を手にして夢中で読み終えた時「彼女に逢わなくては!」と、ニーナに料理を習うべく、当時のアシスタントと二人で夏休みに「プーリア料理研修」を企画していた。そう、ちょうど10年前のことだ。
その本には、アグリツーリズモを仕切るニーナおばさんの生活を紹介しながら、料理を含めて自然の中で生きる彼女の魅力に溢れていた。
彼女の料理が堪能できるアグリは、バーリから40km内陸に入ったカステラーナ グロッテ。名前は「セラガンベッタ」。昔の貴族の館を改装したピンクの可愛い建物だ。
ニーナを手伝っているのは、次男のドメニコ。オリーブや野菜のオーガニック栽培などを試みる素朴な農業青年。
96年は4泊5日の研修の旅ではあったが、ニーナと料理をした他、ドメニコと農作業を体験したり、当時大学院生だった三男のアントニオと街に繰り出したり、たった5日の短い時間で数ヶ月の滞在をしたような内容の濃い研修となった。
出発の朝、ドメニコが駅まで送ってくれた。たくさんの素敵な経験をさせてもらい、名残惜しさに硬い握手をして、涙の別れとなった。「私たちはまだ若くて経験も浅いけど、ドメニコは農業。カヤノはイタリア料理。お互い頑張ろうね!そしていつか何か一緒に出来たら素敵ね。」 心に爽やかな風が吹き抜け、プーリアの大地のような大きな夢を感じた。とても素敵な思い出だ。
その後、何度かプーリアに足を運んだが、なにせ関東地方くらいの広さを持つ地方、セラガンベッタをまた訪れる機会には恵まれなかった。そして時の流れの中でその記憶も薄れつつあった。
研修の打合せの折、参加者に「セッラガンベッタ」の話をしたら、研修先のアルベロベッロに入る前、是非泊まってみたいとすぐに意見がまとまった。そう、私にとってはニーナとも息子二人とも10年ぶりの再会ということになる。若き日の誓いの別れを思うと胸が高鳴らないわけがない。
HPからメールで連絡をすると、ドメニコからすぐに返事が来て、もちろん私を覚えているという。「マンマから料理がまた習いたいんだね。待ってるよ!」短いながらも端的なメールだった。
それから1ヶ月後、トスカーナを発つ前日、確認のためにドメニコに電話を入れた。「どんなに懐かしんでくれるだろう!」と期待していたのだが「何か用事?あっ、明日のことね。」と10年の月日を無視した?連れなさ…。普通なら「今どこ??元気だった??」と続くのだが…。
会えば優しく温かいおもてなしをしてくれるのに、プーリア人はけっこう愛想がない人が多い。でも共に時間を過ごすと優しさが見えてきて、必要以上に関わりすぎない心遣いさえ感じられる。そして「人間口先だけではない!」と実感する瞬間は余計心遣いが胸に響くものがある。電話を切った後、10年前に感じた事を思い出していた。
5月28日。ローマから車を飛ばし道に迷いながら私たちがカステラーナにたどり着いた時は、もう夕暮れが迫っていた。
感動的なニーナとドメニコとの再会!と思いきや、彼女は静かに料理を続けてハグを交わすわけでもない。ドメニコはパンを焼き続けている。
さすが、ポーカーフェィス プーリアの人々。
昔、高校の教師だったニーナは10年前も知的に落ち着いていた。でも彼女、こんなに小柄だったかしら?「私を覚えている?」と聞くと「もちろんよ!kayanoは私にエプロンをプレゼントしてくれた。今でも使っているのよ!」と静かに答えた。
75歳になった姿はさすがに10年前のエネルギーはなかったが、その分年輪を重ねた重厚感があった。落ち着きながら料理方法を見せてくれ、バリエーションを紹介するその姿は、なんだか大きく見える。
ニーナの料理はというと、とてもシンプル。同じ材料で様々なバリエーション、同じ料理方法で色々な味を描き出す。伝統の中に新しい感覚を取り入れるそれが彼女の料理。 10年前と少しも変わっていない。
「シンプルな美味しさ」をイタリア料理勉強中の私に気づかせてくれたのがプーリアの料理。その出会いがニーナと過ごした5日間の研修だった。 思えば彼女は、私のプーリア料理のバイブルかもしれない。そんなことを、思いつつ彼女の「プーリア料理の心」伝えるべく生徒へ通訳を続けた。
セラガンベッタのお話、もう少しお付き合いくださいね。
「サッラガンベッタ」のサイトです。http://www.serragambetta.com/serragambetta.htm