KAYANOのイタリア気分 No.67
2007年7月号
ナポリの休日2「プロチダ島の素敵な思い出」
待って!僕が案内するよ!」偶然知り合ったビンチェンツィオに呼び止められて振り向くと、「漁に出かけるのは夜8時なんだ…。」と日に焼けた顔は、はにかんで白い歯が覗いている。私は無言に微笑みながら、青い地中海に吸い込まれるように彼と並んで石段を降り始めた。
着いた所が一番来てみたかったコリチェッラ地区、そこは漁港でヨットや小型船が停泊していて沖で漁をしている船も見える。
それを静かに見下ろすように海に向かってパステルカラーの家々が立ち並ぶ。船着場では網繕いをしているおじさんや、ヨットにペンキを塗っている青年がゆったりと作業をしている。観光客もまばらで、人間らしいゆっくりとした時間が流れている気がした。
そうここコリチェッラ地区はイルポスティーノの中でも島民の生活の場として何度も使われていた。
「これが、ロケに使われたカフェだよ。」
あぁ~、スクリーンの中そのもの、マリオが島一番の美人ベアトリーチェに一目ぼれするシーン。ベアトリーチェがマリオの元へ走るシーン。そしてラストに近いシーンにも、ここは出てきた。
そのカフェから数メートルのところに、白いマドンナ像が祈りを捧げながら優しく微笑んでいる。島の男達は一度漁に出れば身の安全は保障されていない。海にむかって手を合わせているその姿が島の女達の願いのような気がして、私も思わず手を合わせた。
私がだまってマドンナを見つめていると…..。
一度航海に出たら3ヶ月は戻らない自分の仕事の事を語り始めた。
「あなたの恋人は大変ね。私なら1週間も待てないわ!」
「離れていても会えない時間が長くても、信頼そして尊敬があれば平気さ、そこから愛が育つのだと僕は思うからね。」彼を待つ女性はこの島で、あのマドンナのように静かに恋人の帰りを待っているに違いない。っとぼんやり考えていると、
「でも中々巡り逢えないね、世界中を船で回っても…。」っとイタリア男性!気を持たせることも忘れない。
「でも、船員さんはそれぞれの港に恋人が居るのよね。」と私が意地悪そうに聞くと、「皆、そんな風に言うけどそれは真実じゃないよ。特に僕はね内気だから…。」
彼と一緒にいた5時間、お昼を食べながら、砂浜を散歩しながら、高台で島を眺めながら、私達は色々な話をした。
子供の時の事、仕事の事、昔の恋人の事、将来の夢、決して言葉飾らず素直に語る素朴さがこの青年の魅力だった。まるで島に育まれ海が育てたようなピュアな瞳を持った人だった。そして私も、母国語より素直な気持ちで人生観なんか語っている自分が不思議だった。彼の純粋さがそうさせたのかもしれないし、異国の言葉には客観的に自分を見つめられるマジックがあるのかもしれない。
そう日本ではなんとなく自分を飾っているものね…。
でもどんな時にも素敵な時間には終わりが来ることが決まっていて、フェリーの時間が迫る。「今日、初めに逢ったバールへ戻ろうか?」と彼の提案にうなずくと、とてもセンチメンタルな気持ちになってくる。
港のカフェに座ってお別れのエスプレッソの苦さを感じていると、ナポリ行きのフェリーが接岸。別れを惜しむように、握手をして、ハグをしてくれる彼の頬にキッスをし、私は船に乗り込んだ。デッキに登ると彼が笑顔で桟橋から手を振っている。
なんかベニスを舞台にしたサマータイム(旅情)のラストシーンみたい~。と言うことは、私はキャサリーンヘープバーン??映画では中年のキャリアウーマンは恋人を振り切って祖国に帰るのだよね!
もう少しプロチダに居たらあんな映画みたいな恋が出来たのかしら??
なんて、島が見えなくなるまで、デッキにたたずみ自己陶酔していると、携帯にメールが届く。「僕の事を忘れないで!いつも僕はここに居るよ!」だって...。「僕は内気!」と言っていたのに、やっぱり彼もイタリア男!
「ロマンスは儚いから美しいの??」なんてぼんやり考えながら、プロチダ島の素敵な思い出をくれたビンチェンツィオに心から感謝しながら…。
私はナポリの喧騒へそう現実へと戻ったのでした。