KAYANOのイタリア気分 No.82
2008年10月号
南イタリアの世界遺産 カステルデルモンテ
人類のかけがえのない自然や文化を後世に残すためユネスコが指定する世界遺産。
イタリアは輝かしい歴史に彩られ、現在世界一の保有国です。
自然遺産をふくめ、その数なんと44箇所。フィレンツェ・ベネチア・ナポリ・ローマ等、私もいくつかを訪れ人類が残してきた遺産に魅了され続けて来ました。
そんな中で、今月は私がとても気に入っている南イタリアの遺産「カステルデルモンテ」(直訳すると山の城)を御紹介します。プーリア州バーリ県アンドリア郊外の丘の上に建つこの城は、13世紀南イタリアを支配していたフェデリコ2世によって建てられました。
アンドリアの街からオリーブ畑とブドウ畑の中の一本道を車で走り続けること30分、忽然と8角形をしたカステルデルモンテが姿を現します。
そして、徐々に近づいてくる光景はタイムマシンで中世へ向かって行くような非現実な思いに駆られます。
他に目立った建物もなくそびえ立つ城は、今はすでに自然と一体化している様です。たどり着き、吸い寄せられるように、丘の上に立つと「360度のパノラマ」が広がる素晴らしい眺めはまるで自然が織り成すスペクタクルのようです。
1996年に世界遺産に登録された後、私は2000年の秋と2007年の春に訪れています。春も秋も甲乙付けがたい風景が広がっていました。
細部を見ると、モンテ城は全体の形と、八本の支柱全てが正八角形をしています。8という数字は風位と宇宙の近郊を表す数字と言われているそうです。
その特異で不思議な形のこの城はユーロコインの裏のデザインにもなっているので今度、コインを手にしたら気にしてみてくださいね。
中に入ると、なんと中庭も八角形の吹き抜けで、私が行ったときには、南イタリアの青空が広がっていました。しかも、春分と秋分の正午には建物の影が中庭を覆い、また夏至には真ん中に北極星のヴェガが現れると言うのですから天文学的にも計算しつくされた建物です。とにかく、13世紀にこのような卓越した建築技術があった事に驚ろかされるばかりです。
ただ、丘の上で目立ち、外堀も城壁もないこの城はあまりにも無防備で要塞としての役割は果たさず、フェデリコは鷹狩りの拠点として建てたのではないかと推測されています。そんな事も一つのミステリーになっているのです。
当時は彼の繁栄を象徴するように、城内は贅の限りを尽くされていたに違いありません。しかし、異例な出世で、ローマ教皇の反感を買い、フェデリコは失脚します。
彼の死後、牢獄として使われるようになったモンテ城に初めて幽閉されたのはなんと彼の息子と孫でした、その後一家は断絶への道を歩むことになったのでした。
主を無くした城は何度となく略奪に合い、一時は山賊の住処になっていたこともあったそうで、今、城内にフェデリコ2世の反映を語る調度品はほとんど残っていません。
窓も少なく、微かな光に映える淡い数色の大理石の柱とひんやりした床が印象的です。そっと目を閉じると、なんだか城にかかわった魂達と会話が出来るような、不思議な感覚に襲われます。正確な八角形に囲まれながら体験する、静寂さはとても心地よいものがありました。
何千年も同じ営みを繰り返してきた自然の中に800年前の科学を結集させた城。そこで南イタリアを支配したフェデリコは何を思ったのでしょうか?
土地の支配者であっても、多くの敵に囲まれていたに違いなく、彼の孤独感を感じずにはいれません。
そして、物言わぬこの城は彼と一族の栄枯盛衰を時代の移り変わりをどのように見つめてきたのでしょう?
でも、今では、血に色取られた一族の歴史も自然に融合して神に守られた魂達も安らかに城を守り続けているような気が、私はしてならないのです。
そんな思いも含めて、人類の遺産の重厚さを感じさせてくれるカステルデルモンテ、一度是非訪れてみてください!
ちょっと遠いな?と思われる方、城の近辺で作られる「カステルデルモンテ」と言う名の、ワインもあります。小高い水はけの良い、石灰質の土壌はブルゴーニュのムルソー地区に似ていて、特にシャルドネ種は素晴らしい味わいです。
赤・白・ロゼ共に日本にも入ってきています。(私のお気に入りなのでレッスンでも時々お出ししています。)
南イタリアの歴史の深みと大地の香りが味わえます!
そう言えば今月、ラフォンテツアーの参加者の希望で、ナポリからの移動途中に立ち寄ることになりそうです。
またしても、プーリアの自然の中で歴史を見つめる事が出来そうですね!