KAYANOのイタリア気分 No.87
2009年3月号
貴重な食文化 ヴェネト州のモレケ
3月に入りだいぶ温かくなって来ました。
この時期決まって、「機会があれば、一生に一度は食べてみたいものだわ!」っと思うお料理があります。それは、モレケというヴェネト州のカニ料理です。
モレケと呼ばれるカニをそのまま、パスタソースやフリットに仕立てるのですが、3月の数週間限定で食べられる貴重な食材で、この時期ヴェネチィアに集まる美食家達を唸らせているとの事です。
なんて、本で読んだり、噂や話にはたくさん聞いているものの、残念ながら私はこの季節にヴェネチィアに行った事がなく今の今まで味わったことがありません。
いったいどんな味がするのでしょうね。
実は、ヴェネチィア近郊を中心にした、ヴェネト州の潟地方はイタリアでもカニの産地として有名です。ヴェネチィアの伝統料理には、カニをサラダ仕立てしたものや、姿のまま煮込み、パスタソースやメイン料理にした物があります。
どれも、カニ好きの日本人としては堪えられない美味しさです。
さて、同じヴェネトのカニ料理なのに、伝統料理とモレケはどこが違うのでしょうか?
カニは硬い甲羅に覆われていますが、体が成長して大きくなると脱皮をしなくてはならなくなります。その、古い殻を脱ぎ捨てたばかりのカニは、軟らかい体がむき出しになって透き通っています。この瞬間のカニをモレケと呼ぶのです。柔らかい(モルビド)という、イタリア語が語源です。。
地元でも、モレケは貴重な食べ物で、生きているまま、他の場所へ運ぶのも不可能。なので、地元のグルメなら季節になると一度は食べずにはいられない料理と言う事になります。
モレケは時期が限定される上に、漁と養殖の中間的な物で、とても、手間がかります。
まず網でカニを獲り、養殖場でベテランの目によって、脱皮が済んでいる物・あと1~2日のもの・3週間以内の物と素早くモレケになる時期が別選別されます。
その後、潟の干満の影響を考慮して、見回りながら脱皮のタイミングを見計らいます。全て、目でみて判断するそうですが、数時間遅れただけでもカニは新しい硬い殻に覆われてしまうのです。
脱皮したての柔らかいカニは氷漬けの状態で2~3日生きていて、そのままグルメたちの食卓へと直行します。どうも、死んでしまうと価値が半減してしまうようです。モレケ作りの技術は、数百年前から変らなく受け継がれている、イタリアでも他に例が無い、ヴェネト州の独特のものです。
モレケ漁は代々受け継がれて来たそうですが、辛い上に限られた季節のみの仕事なので、後継者がへりつつあるようです。
90年代初めには約200人居た漁師が、今では半分以下に減っているとか….。
悲しいけれど、モレケは沈み行く運命と言われるヴェネチァの街とともに、消滅する食文化なのでしょうか?いいえ、イタリアのあらゆる建築学・地質学を駆使してヴェネチァの街を守る人々と同様、近くのパドヴァ大学でカニの生態の研究とともに、モレケの作りが進んでいるのだそうです。どうも、光熱によって脱皮を誘導させる技術のようです。
それを思うと、伝統を受け継ぐために、現代の知恵と技術の全てを駆使して後世に伝える事が、今を生きる人間の使命なのかもしれませんね。
それにしても、「ヴェネトのモレケ」春のヴェネチィアの運河を眺めながら、一度食してみたいと思いませんか?